名門再来
サンパウロFCが鹿島アントラーズと対戦。観戦に来ました!
スルガ銀行チャンピオンシップ in 鹿島。
今季、絶不調のサンパウロFC。それでも、腐ってもタイ。無一文でもサンバ(?)。在日ブラジル人も大勢、応援にかけつけた。
セレーゾさん率いる鹿島と対決。
で、試合後の感想です:
鹿島がSPFCに勝ちきった、記念すべき勝利だった。
サンパウロFCも後半はよいゲームをしたが、いかんせん多くの主力が抜けたチームで、連戦ツアーの疲労のせいか、後半2点ビハインドを追いつくまでが精一杯。
この試合、日本側もブラジル側もガンソのプレーに注目した。サンパウロFCにとって、このゲームは主力を欠いたチームを率いてガンソに実力を発揮させるという意味合いもあった(レギュラーのジャジソンは先のベンフィカ戦のあと離脱)。後半、彼のゴールで反撃がはじまった訳だが、はたして、ノロノロとピッチで突っ立ってる技巧派ガンソの居場所は本当にあるのか?
少なくとも、セレソンにはもう彼の居場所はない。かつて2011年メネゼス監督就任時に10番を授かった男だが、ここまで落ちるとは。サントス時代では中盤から切り込んでロングシュートをブチ込んでいたあのプレーはもう影を潜めてしまった。一回だけ思い出したようにやった切り込み&シュートが得点シーンだった。トスタン師匠が言うにはガンソのプレーの質が落ちたのではなく、我々が抱いた幻想がそのギャップを生むのだと。
とにかく、セレソンでは、立ち止まったガンソの後方からオスカルが追い抜いていった。奇しくも、サンパウロFCがユース世代から手塩をかけて育てたオスカルだが、出場機会を望んで我がインテルに移籍して、そこで開花した。昨年、サンパウロFCはまだ20歳そこそこのオスカルの移籍に不服を申し立て、オスカルはインテルで数ヶ月プレーできなかったといういわく付きのエピゾードだが、将来有望な選手を平気に「飼い殺し」にできるサンパウロFCのマインドに、いまの衰退の一端がうかがえる。
先のコンフェデ杯のオスカルの控えがジャジソン、そのジャジソンのSPFCでの控えがガンソとなるわけだ。更に、そのオスカルのセレソンでの守備的バージョンの控えがエルナーネス。エルナーネスこそが2010年までのSPFCの最後の黄金期を率いた。こう見ると、SPFCは改めて名門だというのがわかる。
しかし、今回、来日したチームはどうか…ガンソとGKのセニ以外は見るところがない…90年代にトヨタカップで立て続けにバルセロナとミランを倒したあのサンパウロFCがこんなしょぼいチームを引き連れて日本に来るとは…回る回るよ時代は回る。ブラジル現地では、帰国するサンパウロFCの不調を利用しようと、他のクラブが手ぐすねをひいて待っている。どのチームもサンパウロFCの長期覇権に泣かされてきたからね。チームはいま20チーム中18位、ブラジルサッカーの下克上では、誰も容赦してくれない。
一方で鹿島の方は、かつての黄金期を彷彿とはさせないが、やはり見所のあるチームだった。いま代表のボランチの後継者の一人として注目されている柴崎選手は、たしかに上手いボランチだ。和製シャビだ、ピボーテだ、本人もシャビを意識している感じ。ボールのさばきが速い、ビジョンがすごい、必要とみれば攻撃にも上がる、けどボランチとしては体が小さい、外国人選手に対するコンタクトが弱い。まだ20歳、今後はどう成長するのだろう。小笠原が汚れ役に徹して、柴崎選手をサポートしてやっていたな。若い頃は日本サッカー界を背負うと期待されたほどの、あのミツオがだ。もう一人のベテラン、ジュニーニョ(元川崎フロンターレ)は前半は活躍した。歳をとっても頭の良さでプレーできる選手だ。そして、ピッチサイドにはあのトニーニョ・セレーゾ。82年の黄金のカルテットの一人だ、誰が忘れようぞ。
最後に一度は来てみたかった鹿島スタジアムに来れてよかった。どでかい競技場よりも、コンパクトにまとまったサッカー専用スタジアムの方がいいな、本当に最高の雰囲気だな。
どうも励ましていただいてありがとうございます。
鹿島といえば黄金期に繰り広げた磐田との激闘。よく観てました。
Jリーグといえば今、ジャイアントキリングという漫画にはまっていますが、
最新刊に何と!!ジーコがモデルのキャラクターがほんの少しだけ出てきます!(^^)!
そしてロナウジーニョによく似た顔のキャラクターが彼がブラジル人にとってどんなに大事な存在かを語ってくれてます!
ワールドカップの動画を見返す度に誰かジーコのサッカー人生を長編漫画化してくれないかなあと思います。
ボビー・チャールトンは短編だけどあるのに・・・・・
おお、ジャイアントキリングってありますね。アニメで少し観ましたが。若い頃のモウリーニョがモデルですかね?
私の中でのジーコのストーリーはまさに「栄光と挫折」の物語ですね。ジーコほど栄光を極め、また、挫折を味わったブラジル人ビッグプレーヤーは無いのではないでしょうか。80年代のブラジルはいまとは比べものにならないほどのタレントの宝庫、サッカー史上でも一国であれほどのタレントを同時期に輩出した国はないのでは無いでしょうか。まあ強いて言えば攻撃面での話しですが…けっきょく、82年、86年、90年のW杯で優勝できなかったため、またマラドーナが世界を席巻したため、忘れられがちですが、ジーコのいたあの時代は凄かった。マンガなら三国志的なストーリーがいいですね。
ジーコだけの話だと、なぜか私の中では悲しい話になってしまいます。でも、だからこそ彼には他の選手にはない魅力があるのでしょうね。
ジャイアントキリングはモウリーニョというよりも「中田ヒデがもし監督だったら」って感じのサッカー業界漫画ですかね。
ジーコの話でいうと僕が本格的にサッカーを見始めた時期はジーコもマラドーナも全盛期を過ぎていて、ちゃんと見たジダン、リバウド、ロナウジーニョも微妙、10番というと過去の映像の中にしかいませんでした。しかしW杯の澤穂希を見て10番が素晴らしいチームは輝いている!と実感しその大事さに気づきました。
今のサムライブルーにも本当の10番がいない気がします。香川とか、本田とか、う~ん。
中田英寿が監督だったら、という発想も面白いですね。現実では、監督にはなりそうもありませんが… 名監督たちの采配の妙味に関しては、試合を観ているだけでは残念ながら、わかりませんね… 日々の練習とか、試合日の控え室とか…2002年W杯での日本代表のトルシェ監督のドキュメンタリーは素晴らしかったな。
モウリーニョのイギリスのドキュメンタリーも面白かった。彼は試合の流れの予想がぴったり当るらしい。
自分のイメージの10番はFWではなく、中盤で攻撃を司る選手。トップレベルのサッカーでは、けっこう希な存在ですね。例えばメッシは10番だけど、中盤の選手とは言いがたいから、いま典型的な10番は誰だろう…レアルのエジルがいいね。日本代表ではやっぱり本田かな、でも彼は膝をケガしちゃってから、南アW杯の頃の動きが戻りませんね。自分の中の最高の10番はジャウミーニャだったね、パウメイラス時代はリバウドを走らせていた。
エジルが10番・・・・
そう言われるとなぜかルイ・コスタを思い出しました。2002年W杯、ポーランド戦の彼は華麗だったけどポルトガル自体の負けっぷりは悲惨でしたね。あのトラウマが僕のサッカー観にかなり影響を与えたような・・・・
今はロナウドがスターだけどジダンとリバウドを抑えて1番と言われた時期もあったフィーゴはすごかった。ペレの最大のライバルはエウゼビオという人もいるし、モウリーニョも忘れがちだけどポルトガル人。デコもフッキもポルトガルでブレイクしたしフェリポンもポルトガルで指揮をとらなかったらもっと評価は下がってたはずですね。
ルイ・コスタいたね-!カカがミランでベンチに追いやった。そのカカをベンチに追いやったのがモウリーニョとクリスチアーノ・ロナウド。ポルトガルの因縁かな?
ポルトガルはビッグな選手を輩出するけど、世代が被らない…ルイ・コスタとフィーゴとクリロナが被ってたら、そりゃあたいしたチームになっていたでしょうね。いまのポルトガルの中盤がジョアン・モウチーニョって、ルイ・コスタに比べりゃ、かなり見劣る。
偉大な選手になるためにクリロナほど努力している選手は希だけど、メッシと同じ時代にリーガでプレーしたり、ポルトガル代表に良き相棒がいなかったり、あ、それにモウリーニョとの確執が決定的になったり、と、なかなか栄光の手前で困難も多いようですね。でも、それを乗り越えようとするクリロナの姿は好きだなー
ネイマール君のシーズンが始まりましたね。 最初のうちは途中出場でしょうがメッシの存在感に圧倒されないように・・・・いきなりメッシ2点ですが・・・・・
とうとうデビューしましたね-、まずは、あんな感じでいいんじゃないでしょうか。
一つはっきりしたのは、ネイマールはアレクシスやペドロのような使われる選手ではない、ということでしたね。